第 十五話 急がば回れ

「あ、また漏れてる」。 検査部のマモルはそばで心配そうに見守っていた製造部のコウサクに力なく告げました。
 今日は長い期間かけて製作したタンクの気密試験を行っています。タンク内に高い圧力で空気と窒素を充填した状態で外表面に石鹸水をかけると、貫通欠陥などがあった場合その箇所にクリーム状のカニ泡が出てきます。ところが今は大型の本体フランジのガスケット面でこれが発生してしまい所定の試験圧力まで昇圧することができないのです。

 そこへ品質保証部のアカシさんが通りかかりました。「どうした」「漏れが止まりません。もう3回目なんですが」「どれ、見せてみろ」。アカシさんは元々は検査一筋のベテランです。「エアーを持って来い。ライトも」。アカシさんは渡されたエアーでカニ泡を吹き飛ばすとライトを当てて覗き込み「うーん、浸透漏れ(ガスケット内部からの漏洩)じゃないな。」とつぶやき、 今度は「チョークを持って来い」と指示しました。そしてこれを手にすると、全部で48本あるボルトの脇へ時計回りに1〜48の数字を書きました。「さあ、みんなで手分けしてどの数字の位置で漏れてるか調べて記録しよう」。こうしてどの方位で漏れが出ているかが特定できました。

 すると今度は躊躇なく「よーし、大気圧まで圧を抜いて」と告げました。マモルはびっくりして「えー、せっかく時間かけて昇圧したんですよ。だから半分くらいに降圧してから増し締めしてたんです」。大気圧から指定の圧力まで上げるにはさらに2時間くらいかかってしまいます。「それじゃだめ、『急がば回れ』だ」。アカシさんは語気を強めました。「ちょっとでも圧がかかっていたら増し締めは効かない。それにそれだけだめならガスケット面を疑う必要がある」。そこで圧抜き後上フランジを吊り上げて開放しガスケット面を観察することにしました。すると・・・
「あ、テープが貼ってある」。ガスケットをフランジ面に位置決めする際用いたテープがまだ残っていたのです。その位置は実際に漏れた番号とも一致しているようです。「犯人はこれだ」。

 次にアカシさんは取り外したガスケットを持ち上げ眺めました。「こりゃだめだ。何回も締め付けたので座屈してるよ。予備があるだろう?後で買い直せばいいからそれと入れ替えよう」。そこで元々納入予定だった予備ガスケットに取り替えることとしボルトを再び全てセット直しました。するとアカシさんは「二人ペアで対角に締めてくぞ」と声を張り上げました。これは「1番と25番」→「13番と37番」→「7番と31番」→「19番と43番」といった対角の組み合わせと順序で偏りなく締めていく方法です。くるくる場所を移動しながら締めていく作業にマモルは息を切らしながら「結構目が回るっすねえ」と向こう側のアカシさんに声をかけると「人間様も『急がば回れ』ということだ。さ、次」と煽られました。
 要所要所でフランジ間の隙間が均等かスケールで慎重に確認していき、ようやく最後まで締め終りました、

「さあ、これでどうだっ!」。昇圧すると圧力計の針は順調に上がっていき、無事所定の圧力まで上げることができました。
「いやあ、お見事でした。助かりました。参りました」とマモルが頭を下げると、アカシさんは「だーかーらー、まいるじゃなくて、ま・わ・る」とニヤリと笑いました。

2025年9月26日

上を向いて歩こう