第二話 ハッチング

 今回もちょっと「色」に関わるお話です。

 私が設計をやっていた頃、CADは影も形もありませんでした。トレーシングペーパーという半透明紙を「ドラフター」と呼ばれる画板に貼り、これを縦に跳ね上げかじりつくようにして鉛筆で図面を書くのです。さて、図面の断面に当たる面は斜線や中間色で塗りつぶすのが古来からのお作法です。これはハッチングと呼ばれ、書き上がった用紙を表裏ひっくり返し、裏側から外形線からはみ出さないように赤鉛筆で「塗り絵」していきます。
 ここで私が先輩から仕込まれたのは、特殊合金は濃くその他の材料は薄く塗るというローカルルール。特殊合金は高価で納期もかかるため、誤作をしないよう製作者に注意喚起したのです。また、すみ肉など溶接部断面も黒く塗りつぶすため、白・濃淡の赤・黒と4種類の色分けとなり、これをジアゾ紙に「青焼(日光写真のような仕組み)」すると絶妙な濃淡となって写し出されました。一方、お客も青焼きしかなかったため、「第二原紙(Reproductive)」と称する、透明なプラスティックシートに焼いたものを完成図書として提出していました。

 やがてCADデータを普通紙に直接印刷するようになると青焼は「絶滅」してしまい、CADのお作法でもハッチングをすることはなくなりました。図面は白か黒かの殺伐な風合いとなり、一抹の寂しさとともに「あれで誤作しないのかしら」と要らぬ心配をしてしまいます。

 「こら、設計屋。ちゃんとハッチングしろ」と現場の親方に怒られたことが今も懐かしく思い出されます。

いそぐとも 塗り絵の手間の 細やかさ
紙に透けるは 眉間のたて皺

2021年11月19日

なにもの

ミルシート

色鉛筆